40歳アリリタ(早期退職)達成者のブログ

メインは書評(自分語り)。色々と経験する中で自分の生き方が固まり、2014/11/02の記事を集大成に方針確定。2020年3月末、40歳にてアリリタ達成!

成金‏

成金

成金

自分が生きている世界は水溜まりなのだ。自分はおたまじゃくしなのだ。水が涸れるまでに抜け出せなければ、ここで朽ち果てる。少年が水溜まりに惹かれていたのは、それが自分の宿命を暗示していたからだった。少年は思った。この小学校を抜け出したところで、中学校も高校も、ほんの少し大きな水溜まりにすぎない。いずれ干上がる場所なのだ。ここではない何処かへ行きたくて、行きたくて、たまらなくなった。


カマキリのお腹の中にはハリガネムシという寄生虫がいる。
「消化器官に巣食い、栄養をむさぼって成虫になるわけだ。カマキリはこのハリガネムシを大きくするために何にでも喰らいつくんだ。いくら喰ってもハリガネムシに栄養を取られ、腹が減ってしょうがないからな。ハリガネムシを失ったカマキリは一転して飢えから解放される。だが同時に獰猛でもなんでもなくなり、ほかの動物に喰われるんだ」
「トップに立つ男はハリガネムシをここに飼ってんだ、巣食ってんだ。だから、喰いたくて喰いたくてしかたねえ。手当たりしだい喰らう。喰えば喰うほど腹が減ってくる。決して満たされることはねえ。満足もしねえ。ハリガネムシを失ったら終わりだ。誰かの獲物になっちまう」


あとがき
僕が本作で伝えたかった情報というのは、坂を全力で駆け上がっていた人たちの息づかいだ。ぜいぜいと息を切らし、滝のような汗を流しながら前進する人間たちの、あさましくもかっこいい姿をみんなに知ってほしかった。



感想
前作「拝金」の10年前の話。ITバブル時代にその業界に関わっていた人たちのがむしゃらな姿を描いている。知らない世界のことだし、興味深くはあったんだけど、前作の方が良かったかな。
前作に出てきた人物も何人か出てくるし、前作への繋ぎなんかも最後には出てくるんだけど。なんかしっくりと来ない。この作品と「拝金」との繋がりがちょっとずれているように感じてしまった。まあ、「成金」から「拝金」までにも色々とドラマがあったんだろうし、人物像や仲間との関係が変わってたって別に変じゃないんだろうけどさ。
まず、主人公の堀井の、父親に対する思いが前作とでは違っているような。「拝金」では、父親への復讐を常に胸に抱いていたような感じだったのに。「成金」のラストでは、父親の会社を狙うのは、ついでのような印象を受けてしまった。自分で直接対決せず、アバターを育ててそいつを仕向けるってのも、周到な計画の一部ってわけでもなく、鮫島にされたことを真似してみようっていう軽い感覚だし。ゲームとして遊んでいる感じ。
あと、「拝金」では堀井は裏で動いていたわけだけど、その時は当時の仲間も一緒になって行動してたのかな?「拝金」での堀井の行動には、後ろ暗さを感じてしまったんだよな。少なくとも、仲間と楽しく盛り上がりながら敵を追いつめていった「成金」と同じ状況にはならなかったんじゃないかと。あのメンバーが、人を当て馬に使っておいて達成感を感じるようには思えない。そこら辺が、今作を手放しで楽しめなかった要因かな。


カマキリの例えは面白かった。ハリガネムシのことは初めて知ったので、すごく興味深い。そんな真実があったとはなあ。でもそれを人間に当てはめるのはどうかと。「トップに立つ男はハリガネムシを腹に飼っている」って描写があったけど、それって寄生虫に強制的に動かされているってことじゃないの?全力でがむしゃらに生きているつもりが、自分の意思じゃないなんて、最悪だろ。僕は自分自身の意思で生きていきたい。たとえ華々しい人生ではなかったとしても。操作されて至った頂点に何の意味があるんだか。
堀井の小学校時代の回想として、「自分はおたまじゃくしで、水溜りの世界から早く抜け出さないと朽ち果てる」って描写が出てくる。これは本当のホリエモン自身のエピソードなのか、フィクションなのか。もし前者だとしたら、物凄い小学生だよな。そんな小さな頃から上を目指している人間がいるとしたら、普通の人間には太刀打ちできないよな。