- 作者: 小林よしのり
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2008/06/23
- メディア: 単行本
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それくらい誰でも理解しているものと思って議論を進めていたのだが、法律上の「無罪」と道徳的・倫理的な「無謬」の区別もつかず、「日本無罪」と言った途端に「日本無謬」、つまり日本は何一つ間違いを犯さなかったと判断されるものと思い込み、「パール判決書は日本無罪論ではない」と馬鹿の一つ覚えで繰り返してくる学者があまりにも多いので、わしはうんざりした。
そこには「日本無罪論」という言葉に対する無条件の反発もあるのだろう。「無条件の反発」とはすなわち「洗脳」である。とにかく「日本有罪」でないと気が済まない、恐ろしいと感じてしまう東京裁判のスリコミが目を曇らせる。そして「パール判決書」にはっきり書いてあるパールの言葉すら、目に入らない。見たくないからである!
「わしはこの世に本物を見たい者はいると信じている。真実に近づきたい者はいると信じる。国語力のある者がいると信じて、主張したいことはゴー宣と論文で発表する!」
感想
パール判事についてはこれまでのゴー宣でも何回か取り上げられていたので大体は知っていたが、今回の本でより深く理解することが出来た。中島岳志って学者が書いた「パール判事」という本への反論を基にして話が進んでいく。小林さんはこれまでも色々な人の言説を論破してきたけど、本当、そういうのってなくならないよなあ。どんなに専門的で広範な知識を持っている人でも、自分の思い・主張をそこに織り込むことを止められない。人間のサガってやつなんだよな。そんな一言で済ませたくはないけど。これまで何度も言ってきたように、人は「自分の見たいものしか見れない」。
「中島岳志に騙された人々」も色々と取り上げている。一般人が専門家の言うことを真に受けてしまうのは仕方がない面もある。専門外のことについて一から調べるような時間はないし、そういう知識を手軽に効率的に取り入れられるってのが本の効用なわけだからな。だからそういう不誠実なことをする学者の罪は大きいわけだけど、そうは言ってもそれが現実なんだから、それを踏まえてこちらも対処するしかない。一つの意見を聞いただけで満足しそのまま受け入れるのではなく、それとは反対の意見も聞いて両者を比較し判断する。二倍の手間がかかってしまうわけだが、相手の思惑に染まらず自分を保つためには必要なことだ。
どんな意見も自分の中で確定・断定させず、常に保留にする。どちらの側にも偏らず、固まらない。その時点その時点で仮の判断を下していき、反する証拠が出てきたら誠実に判断し、意見を変える事を恐れない。安易に結論に飛びつかず、不確定・不安定な状態に留まることを厭わない。そして真実の追究のための手を緩めない。そんな決意を新たにした本だった。