なぜ、脳は神を創ったのか?
- 作者: 苫米地英人
- 出版社/メーカー: フォレスト出版
- 発売日: 2010/06/04
- メディア: 新書
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2つ目は、シャーマニズムにみられるような信仰心の醸成でしょう。
3つ目の理由は、死の恐怖です。
これら3つは、それぞれが単独ではなく複合的に合わさって、人間から信仰心を引っ張り出し、それぞれの地域に信仰を根づかせてきました。いずれにしても、人間が部分情報であるがゆえに抱く未知への憧れと不安がそれを成り立たせているといえます。
信仰心が機能すると社会秩序が生まれ、それが国家の成立につながり、そして、人間が文化的に進歩してきたことがわかります。人間は、自分が特定の宗教を信じているいないにかかわらわず、たいへん強い信仰心を持ち、その信仰心から生まれた権力と秩序によって社会を構築してきたということです。
子どもに計測可能だと教えることは、この世に正しいひとつのモノサシがあると洗脳することと同じです。逆に、量子論は、この世に正しいひとつしかないモノサシは存在しえない、ということを教えているのです。
神の存在や、他人が勧める価値に依存することは、心の安定をもたらしやすい行為です。他人の言葉に従う行為は、その人々からすぐに支持されるでしょう。支持され、評価されれば、それをつづけていきたいと思うのが人間の常かもしれません。
対して、自分だけの価値を見つけることは簡単ではないし、見つけたところで他人が支持したり評価したりするとはかぎりません。むしろ、評価されないことのほうが多いでしょう。とはいえ、他人の価値に沿った生き方をして、人生の満足感が得られるものでしょうか。
感想
不確定性原理より、「神はいない」という結論を紹介している。「理性の限界」でも出てきたね。それが分かってて借りた本じゃなかったんだけど、別々の本がこうして繋がるのって何か嬉しい。
神や宗教に対する僕の立場は既に決着済みで、新しい何かを得たわけじゃないんだけど。でも、「物事には絶対は無い」わけで、僕の結論も絶対のものじゃないってのは理解している。色々な人の考え方を知り、受け入れるべきは受け入れる柔軟な態度を持ち続けたい。実のところ、神の不在だって不確定性原理で証明しきれるものでもないと思っているし。まあ、それに反証する理論も、絶対じゃあないだろうけど。僕はそういう、世界や人間の不安定さ・不確実さをそのまま認め、受け入れて生きていくと決めた。僕としては、宗教に頼るよりもよっぽど安定した生き方だと思うけどね。
この本を読んで、従軍牧師ならぬ、従工場牧師なんてのがいるというのを初めて知った。他人事だけど、よく考えるよ。