- 作者: 菅付雅信
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/02/26
- メディア: 新書
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いまや外見やイメージの情報よりも、個人や集団の「中身」がネット上であらわになる社会が、紛れもなく到来している。そしてそれは、善でも悪でもなく、いろんなことが見えてしまっていることを前提に、僕らは生きていかなければいけない。
「ネット上で生き様が見られている、情報化されている以上、生き方を作品化しないと人々は評価してくれないのです。『人生の作品化』。しかし、人が生きるということ自体が編集行為そのものだとも言えるわけです。何を食べて、何を着て、何の仕事をして、誰と付き合い、どこで生きるか、には無限の選択肢があります。その無限の選択肢のなかから、自分で可能な範囲で選んでカスタマイズして人は生きているわけです。言い換えれば、人は常に『人生を編集している』のです。ですから、あなたの人生があなたの最高の編集物なのです。そう胸を張って言えるよう、より良い企画を立て、より良き人を集め、人生をより良く作品化していくことが、この大情報時代=大編集時代を楽しく生きる術ではないかと思います」
感想
本屋で色々と物色していた時に見つけ、興味を持って読んでみた本。岡田さんの「評価経済社会」でも描かれていたような世界だし、他の人はどう考えているのかを知りたくて。と思ったら、「評価経済社会」が引用されていた。他にも、「動物化するポストモダン」とか「ワーク・シフト」とか、今までに読んだことのある本が色々と。この本自体が、編集で成り立っているのか。著者が「人生の編集」を勧めるのと合わせて、ってこと?読んだ本が出てくるのはちょっと嬉しくはあったけど、著者独自の視点ももっと色々知りたかったな、とか思ったり。
著者は「中身があらわになる」って言うけれど、それへの対処法は、人生の編集・作品化、とのこと。でも、そんなに単純なことなのかなあ。ネット上の情報をコントロール出来ると思っているかどうかが、著者や岡田さんの楽観的な見方と、僕の懐疑的な見方の差なんだろう。
僕は著者のようには思えない。編集を許さないのがこれからのネット社会なんじゃないかと。打算も試行錯誤も失敗も全てが可視化され、拡散し、削除は効かない。これが加速していくと、管理社会・監視社会になる。恐ろしいことだ。
まあ、行き過ぎはそのうち是正されるだろうけど。それまでは大人しくしておくのがいいよ。ネットには極力情報を晒さない。匿名を貫く。このブログのように。知り合いがここを見て僕を知るなんて、想像するだに恐ろしい。別に過激なことを言っているわけではないけど、それでも何も書けなくなっちゃうよ。人って、そんなに他者に理解されたいのか?そんなに繋がりを求めているのか?僕としては、ある程度の距離が必要。それが保てないくらいなら、一人を選ぶだろうな。まあ、人それぞれだし、別にいいんだけどさ。