40歳アリリタ(早期退職)達成者のブログ

メインは書評(自分語り)。色々と経験する中で自分の生き方が固まり、2014/11/02の記事を集大成に方針確定。2020年3月末、40歳にてアリリタ達成!

バレエ入門

バレエ入門

バレエ入門

日本の舞踊は基本的に摺り足で、しかも、右手右足を一緒に出すナンバというかたちのものが多い。お能がそうですし、歌舞伎舞踊のほとんどがそうです。剣道もそう。相撲もそうです。このような舞踊は、日本だけではなく東南アジア一帯に見ることができますが、それは水田稲作を行なっている地帯です。つまり、水田稲作を行なっている農耕民に特徴的な舞踊は舞いであって、その基本は腰を落として、ゆっくりと回ることなのです。水田のなかで飛び跳ねていては仕事になりませんし、また飛び跳ねることじたい難しいでしょう。
これに対してバレエは基本的に跳ぶ舞踊です。高く大きく跳躍するのが特徴です。舞いではなく、踊りの極限のようなものです。そしてこのような舞踊は、東北アジアから中央アジアを通ってヨーロッパへといたる北方ユーラシアの全域に見られます。舞いが農耕民の舞踊だとすれば、こちらは明らかに遊牧民の舞踊です。確かに、腰を落としてゆっくり回っていては羊も馬も逃げてしまいます。


自己発見というのは、自分というものに新しくかかわってゆくその関係の仕方の発見のことです。そしてそれは、要するに新しい目、つまり新しく登場した他者の目で、自分を眺めなおすことです。
恋愛もまったく同じなのです。恋愛の渦中にある人は、誰だって新しい自分を発見するものです。なぜか。恋人の目で自分を見始めるからです。そして恋人の目で世界を見始める。


世界の歴史も日本の歴史も何度も書き直されてきました。今後も書き直されつづけるでしょう。歴史は客観的なものではありません。それは過去と現在の関係、現在を生きる人々との関係なのです。現在が変われば、歴史も変わるのです。
人生もそうです。その意味は心の中で反芻され、深められ、ときには意味を変えさえもするのです。
意味が変わり続けるなら、バレエはとても不確かな芸術であるということになりそうです。歴史も不確かな学問ということになる。でも、そうではありません。逆です。不確かなものを確かなものにしようとして、人はバレエをさらに熱心に見ようとします。感動を確かめようとして再び劇場に足を運ぶ。そのとき人は、よりいっそう深く感じる心を養っているのです。
自分で発見した見方に驚くと、友人に語りたくなります。友人もまた語りたくなる。するともっと違う見方があることも分かる。こうして見方はさらに深まってゆくわけですが、それは感動する心を養うことなのです。
生きることの歓びと哀しみをどれだけ深く感じることができるか、それは感動する心の豊かさにかかっています。ほんとうは歴史もそういうものなのです。歴史の本質は文学であり芸術です。人類という持続する生命に感動する心なのです。


感想
色んな芸能を知っていこうと思っている中で、今度はバレエに手をつけてみた。この本はバレエに関する本の中でAmazonでの評価が高かったため読んでみた。バレエの成り立ちからその後の発展、歴史を綴っている。バレエの基本や成り立ちなんかはかなり興味深かった。中盤、歴史を扱っていく部分はちょっと中弛みしたけど。終盤の、「ダンスとは何か」について著者の意見を表明しているところも、なかなか考えさせられて面白かった。
あと何冊か、バレエについての本を読んでみたい。その後、実際にバレエを見に行ってみたいな。6月にロイヤル・バレエ団が来るらしいので、それに行くのもいいかも。でも「白鳥の湖」とか「眠れる森の美女」みたいなメジャーどころを初めに見てみたいという思いもあるし。どうしようかな。