単純な脳、複雑な「私」
- 作者: 池谷裕二
- 出版社/メーカー: 朝日出版社
- 発売日: 2009/05/08
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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もし自分の個人的な価値基準を、正誤の基準だと勘違いしちゃうと、それはいわゆる「差別」を生んでしまう。残念ながら、人間って自分の感じる世界を無条件に「正しい」と思いがちだよね。この癖には慎重に対処しないといけない。そう、謙虚にならないと。
おそらく、進化の過程で、動物たちは他者の存在を意識できるようになった。そして次のステップでは、その他者の仕草や表情を観察することによって、その行動の根拠や理由を推測することができるようになった。他者の心の理解、これが社会性行動の種になっている。この他者モニターシステムを、「自分」に対しても使えば、今度は、自分の仕草や表情を観察することができるよね。すると、他者に対してやっていたときのように、自分の行動の理由を推測することができるようになる。僕は、こうした他者から自己へという観察の投影先の転換があって、はじめて自分に「心」があることに自分で気づくようになったのではないかと想像している。
「生物は先祖の生命機能を使い回すことによって進化してきた」という事実を忘れないでほしい。いや、「使い回す」ことしか、僕らには許されていない。「無」からいきなり新しい機能を生み出すことは進化的にはむずかしいことだ。そんな困難なことに時間を費やすくらいなら、すでに存在しているすばらしい機能を転用して、似て非なる新能力を生み出す方が、はるかに実現可能性が高いし、効果的だろう。
「遺伝子」はよく生命の設計図だって言われるけど、でも僕から見れば、これは設計図じゃない。だって僕らの遺伝子ってたったの2万2000個しかないんだよ。そんな少数の情報では、人体は組み立てられない。いや、人体どころか、小さな家屋ですら建築できないよ。あれは設計図じゃなくて、いわばシステムの「ルール」(の一部)じゃないかな。そのルールに基づいて、生物の材料たちがせっせと単調な作業を繰り返している。すると物質から生命体が生まれてくる。そういうことでしょ。だから、わずか2万個そこそこの遺伝子でこと足りる。
感想
脳についての本ということで、難しい専門的な話になるのかと思っていたが、めちゃくちゃ面白く読むことができた。
僕の信条の一つに、「この世に絶対の真理なんてものは無い」ってのがあるけれど、それが脳に関する研究からも導き出されるものだと知って嬉しくなった。「人間の思考や信念は記憶に基づいている」とか、「僕らにとって正しいという感覚を生み出すのは、単にどれだけその世界に長くいたかというだけのこと」とか、「僕らは常に周囲の状況に合わせてストーリーをでっちあげている」とか。
自分の経験や認識を絶対のものとして他人の意見・批判を一切受け入れない、頑固で進歩性のない人間にはなりたくない。別の見方を進んで受け入れ、吟味し、その上で最適・最善の回答を導き出すことで、更新し続ける、向上し続ける自分でありたい。僕は自分自身にある程度自信を持っているが、同時に、未完成で未熟な人間であることも認識している。他の人達の、自分と異なる見方・考え方は本当に面白いし、それにどんどん触れ、自分を成長させる機会を追い求めていきたい。
「人は自分の心理を直接理解することは出来ず、自分の体の表現を通じて理解するのは何故か」とか、「遺伝子は設計図じゃなくてシステムのルールなんだ」とか、他にも色々と興味深いところがあった。脳については今度もどんどん解明されていくんだろうし、どんな新たな発見がなされるのか、とても楽しみだ。