熊野神と仏
- 作者: 植島啓司九鬼家隆田中利典
- 出版社/メーカー: 原書房
- 発売日: 2009/09/24
- メディア: 単行本
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明治の神仏分離令
仏教は弾圧を受け、寺や仏像が破壊されたり、主尊や祭神の変更、神職への転向などが強いられて、仏教はひどい目にあう。ところが仏寺のみならず、神社もまたひどい目にあい、国家神道化が進められるかたわらで、地域ごとに根づいていた古神道が認められなくなり、神社が統廃合される合祀が進み、全国で膨大な数の鎮守の森が破壊される事態に至ってしまったのである。
倫理観を懸念するなかでよくいわれるのは、敗戦後の戦後体制が問題だという意見、そして教育勅語に返れという意見。しかし教育勅語は明治以後の倫理に返れということで、そこへ返ってしまうと、神殺し、仏殺しをして近代を迎え入れた日本にしか戻れない。本来戻るべきは明治よりも前で、近代の歪みが生まれる以前に営まれてきた日本の風土・習慣を見直すしか、将来をひもとく糸口は見つからないに違いない。
私は、明治以降のいちばん大きな問題は帰属するものを失ったことだと思うんです。神と仏に帰属して、地域に帰属していて、日本の歴史文化に帰属していた日本人が、そういうものを失った途端にこの国はバラバラになり、行くべき先がなくなってしまったんです。
感想
本「世界遺産神々の眠る熊野を歩く」の続編かな。世界遺産に登録された熊野について、熊野本宮大社と金峯山寺の代表者と、宗教人類学者の植島さんの3人が語り合う。前著ほど個々のスポットには立ち入らず、熊野全体の歴史や意義について扱っている。僕としては、こっちの本のほうが肌に合っていたな。前著は観光の際のガイドブックには一番ぴったりなんだろうけど。
熊野は、仏教、修験道、神道が交錯する場所。様々な文化・思想を受け入れ、融合させてきた日本人を象徴するような場所だな。最近の世の中はそういう余裕や寛大さを失ってきているけれども、これまで連綿と引き継がれてきた日本人の心・特質を、忘れないようにしたいよな。
文中で、「日本は帰属先を失ってしまった」という指摘がある。これは確かにその通りだろう。人は繋がりの中で生きているんだから、今みたいに細分化されすぎた世の中では生き辛いよな。僕が歴史や伝統なんかに惹かれるのも、無意識に、もっと大きな繋がりを求めてのことなのかも。まあ、著者達のように、神や仏には帰属するつもりはないけど。でも、そういったものを含めての歴史や伝統になるわけだしね。全てを受け入れていきたい。