40歳アリリタ(早期退職)達成者のブログ

メインは書評(自分語り)。色々と経験する中で自分の生き方が固まり、2014/11/02の記事を集大成に方針確定。2020年3月末、40歳にてアリリタ達成!

一神教の起源−旧約聖書の「神」はどこから来たのか

一神教の起源:旧約聖書の「神」はどこから来たのか (筑摩選書)

一神教の起源:旧約聖書の「神」はどこから来たのか (筑摩選書)

一神教は自分たちの価値観や考え方と異なるものを排除しようとする点で不寛容で独善的であり、自己の立場を非妥協的に主張する点で攻撃的・暴力的であると否定的に見られることも多い。たしかに、一般的に見て、指摘されるような傾向が一神教に存在することは必ずしも否定できないし、世界の紛争や戦争にユダヤ教キリスト教イスラム教が絡んできたことも少なくない。しかし、それらの衝突や紛争の多くは、実は宗教戦争ではなく、宗教以外の要因によるものであり、ただ宗教が対立の「旗印」に利用されたとも見られることを忘れてはならない。
(⇒多神教国家も同じ)


古代イスラエル人がもともと砂漠の遊牧民であったという発想は、ほぼ確実に間違っている。イスラエルという民族も彼らの一神教も、「乳と蜜の流れる地」と呼ばれるカナンの地自体の中で成立したのである。


人が大きな苦難に見舞われた場合、それが不条理であればあるほど、受け止めたり耐え忍ぶことが困難になる。しかし、その苦難の理由や意味が何とか納得でき、「腑に落ちる」ような場合には、それを耐え忍んだり克服することがより容易になるのである。それは同時に、破局と苦難の責任をすべてイスラエルの側に帰すことにより、ヤハウェを免罪しようとする弁神論でもある。その究極の目的は、言うまでもなく、前586年の破局ヤハウェの敗北や無力さを示すものと見る「誤解」を打ち砕き、ヤハウェのみへの信仰を保たせること、すなわち信仰の危機の克服である。



感想
巡回しているリタイア系ブログ「40代リタイアを目指す男の節約・投資ブログ」の中で紹介されていた本。もともと宗教・思想関係には興味あるんだけど、それが僕のもう一つの興味対象であるリタイア系から紹介されたのがちょっと嬉しくなり、読んでみた。考えてみたら、読書とリタイアは親和性が高そうだし、意外でも何でもないんだろうけどね。


決別しておく必要のある俗説として、「一神教が砂漠とそこに住む遊牧民の文化の産物であるという見解」が挙がっていた。「過酷な環境下だからこそ、絶対的な権威を持つ唯一神の観念が生まれた」ってやつ。
僕も前に聞いたことがあり、「なるほどなあ。確かにそういうものかもな。」なんて納得していたんだけど。見事に否定されてしまった。安易に流されない、結論付けない、ってのはいつでも意識しているつもりだったんだけど。まだまだだなあ。こういう勘違いを正していくためにも、常に情報を取り入れていくってのは大切だな。


あとは、旧約聖書の成り立ちについての裏話等々。そこで描かれる時代の背景とか、記述の裏側にある事情や思惑とか。旧約聖書についてはそれなりの知識を持っているため、すごく楽しく読むことが出来た。こんなに知的好奇心が刺激されて読むのが止まらない読書は久しぶり。それにしても、こんな大昔のことを、数少ない証拠からよく描き直せるよなあ。研究者ってのはすごいね。


旧約聖書の筆者たちについて。彼らは、自分たちの信仰を守るため、文書に手を加え、思想を発展させていく。裏事情を知らない人たちはいいとして、その操作に携わっている人たちは、それが事実ではないと分かっているはずなのに、それでも問題ないのかね。一番大事なところさえ守れれば、その手段は問わないってことかねえ。「見たいものしか見ない」。こういう人間性ってのは興味深いね。まあ、傍から見ているからこそ言えることで、それに巻き込まれる身としては堪ったものではないだろうけど。